僕を変えてくれたイベント 〜トビタテ〜

経験

僕の人生の中で1番のビックイベントといっても過言でないイベントが、トビタテ留学JAPAN。文部科学省と民間企業が共同でやってるプロジェクトで、簡単に言えば審査に通れば、返金不要の奨学金をもらえるの。

当時のキャッチフレーズは確か、「14日間あれば別人になれる」だったかな。僕は14日に行く前に、トビタテのコミュニティで変わった。最高の親友とも出会えた。

トビタテを知る前の僕は、「井の中の蛙」この言葉が最高に似合う水球バカだった。練習は週に7回。そして、夏休みも、冬休みも、春休みも水球漬け。そんな生活を送ってた僕は本当に水球しか知らなかった。水球からも多くを学んだよ。でも、その頃の僕は「水球バカ」だった。今は、「筋トレバカ」なのかな?(笑)

でも、トビタテを通じて色んな分野の「スゲー」って思える仲間と出会った。「少しだけ、世界を知れた僕がいた。この頃の僕の夢は「起業」今は、少し変わってて「起業」は目的でなく手段になったけどね。でも、この時の僕は考えた。「このままでいいのか」なんてね。彼らと僕の間にある「知識の溝」を埋めなきゃって。だから、僕は本を読んだ。自分に課したルールは簡単。「1日1冊読むまで寝ない」。結果、僕はこれを3、4ヶ月続けたんだよね。そして、世界をさらに知った気になった。忘れちゃいけなのはこの時まだ僕は留学していないってこと。

皮肉な話だけど、トビタテでアピールしたのは「水球」。でも、トビタテがきっかけで水球は辞めた。自分のいる世界が小さすぎて嫌になったんだろうね。「こんなところで俺は終わらない」的な反骨精神っぽいものを抱いていた。「俺、文部科学省から奨学金もらって留学するんだぜ。すごいだろ」って天狗にもなってた。その一方で「このままじゃ、トビタテの仲間にかなわない」って焦ったのも鮮明に覚えてる。

そして、二人の恩人にも出会った。お二人とも、僕の水球部の先輩(父親より歳上の)で今だに可愛がってもらってる。「恩人」に出会えた。水球を辞めたいっていう僕の相談に乗ってくれた。

そして、とうとう留学だよ。この留学はハプニングの連続だった。空港でまず、「お客様の年齢では、お一人で飛行機には乗れません」こう言われた。調子乗って、「短期留学だし、一人で空港までも行くから見送りはいいよ」なんて言ってた僕を恨んだよね。その時僕は15歳のガキだよ。スゲー焦ったもん。「国を背負ってる」くらいの勢いだったからさ。「そもそも、行けないのか俺。」そう思って正直泣きそうだった。ユナイテッド航空のルールだったみたいなんだけど、僕はANAのサイト経由でユナイテッド航空のチケットを取ってたから、結果ANAが席を用意してくれて行けたんだ。

高校一年生が申し込めたのはテイクオフっていうすごく短い期間の留学だったんだけど、僕はカナダに行ったの。その一年後に同じ場所に今度は1年行くとは思いもしなかったけど。

すごく短い間だったけど、僕は色々な国の人間と関わって色々学んだ。学んだというより、価値観だったりに「触れた」の方がいい表現かな。まあ、「海外かぶれ」になって帰ってきたよね。調子乗ってたなあ。でも、その時期も楽しかった。

そして、帰国後のトビタテ生の集まりで僕は運命的な出会いをする。「親友」に出会った。彼は今でも僕が大好きな人で、尊敬してる。彼は、僕の人生に間違いなく影響を与えた一人だね。彼と出会ったことも僕の中での一種のターニングポイントなんだ。

トビタテを志望した理由は、「水球の監督を説得する材料」だったんだ。国から奨学金もらって留学するなら、反対されないだろうと思ってね。でも、結果的に水球もやめて様々なものに「触れられた」。その中で今の自分を少しずつ形成していった。トビタテで僕は、本当にいい経験をさせてもらった。

僕の本当に大きなターニングポイントがトビタテ。また、他のターニングポイントとかについても書いていくから、読んでほしいな。

2019年1月17日

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