最後の医者は桜を見上げて君を想う (TO文庫)

小説

About this book

この本は小説なんだけど、正直小説でブログ書くのってキツイんだ。ビジネス書の方が記事は書きやすいと思う。なぜなら、ビジネス書も感じ方は人それぞれ。でも小説ってもっと多様な捉え方ができると思うんだ。だから僕は、あまり小説の感想とかは人に聞かない。僕の捉え方はこうでしたって参考にでもなればいいな。

簡単にこの本の紹介をしておくと主人公と呼べる人は3人いて、この3人は「死」に対する価値観が全く異なる。それが故に主人公の一人である桐子と福原は対立するの。でも、彼らの同期の音山の癌をきっかけに桐子の考え方は変わり、初期は桐子の治療プランに反対していた福原の考えも変わっていく。そんなお話。面白いから読んでほしいな。

僕がこの本を読んで一番感じ・考えたことは「死」についてなの。医療従事者にとって死は単なる「日常」なんじゃないかと思う。だって、それはほぼ毎日訪れる。でも、僕からすると「死」は身近なものじゃない。死は「人の人生に絶大なインパクトを与える」とも思ってる。実体験から話すけど、僕のおじいちゃんが亡くなった時に僕は初めて「死」を知った。あれは中学二年生の6月。その後1週間はまともな精神状態じゃなかった。泣きじゃくったよ。だって、僕はその週の日曜日に一緒にステーキ食べたんだもん、おじいちゃんっ子だったんだもん。今は潰れちゃった「ケネディ」ってお店で。俗に言う「ぽっくり」って死に方だったね。

それから僕は、「人はいつ死ぬかわからない」。そう本気で思うようになったんだ。人生の限りある時間を無駄にしちゃいけないともね。そして、人に会うときは「思ってることを本音でいう」ことも心がけてる。もし仮に、二度と会えなくても後悔しないように。

主人公たちにとっての死

桐子にとっての死はただの現象。だから彼は、患者に死を敗北にするもしないも、自分次第なんです」なんて言ってる。「自ら死を受け入れることができた時、人はしに勝利したと言えませんか」とも。だから彼は、「死神」なんて院内では呼ばれてた。これについて、あなたはどう思うかな。

死神こと桐子の言い分にも一理あると思う。患者を「無理やり余命を伸ばすことだけを目的としたベルトコンベアに乗せる。最初は幻想を見るけど結局患者は健康という幻想を最後に諦める。死の恐怖の前に疲れ果て、絶望し、諦めて死ぬ。敗北だ。」と。

これはQOLの観点から見ればそうなのかもしれない。闘病生活で苦しんで死ぬくらいなら、いっそ死を受け入れて残された時間を有意義に使う。僕はまだ、自分がどちらの選択をするのか正直わからない。だって、繰り返しだけど自分の死に直面したことがないから。この話についても一度考えてほしいな。とても難しいし、答えはなと思うよ。

上で、「死を受け入れるのも選択の1つだ」という桐子の意見について少し考えてみたね。今度は真逆の考えについて書いていくね。二人目の主人公、福原のスタンスは一貫して「闘病」。理由は「医者なら一度でもあり得ないような奇跡を見たことがあるだろ。それに賭ける」だそう。

こっちの方が患者としては心強い気がするけど、さっきの意見からすれば「半強制的にベルトコンベアに乗せる」って感じなんじゃないかな。彼が奇跡を信じたいから、患者に闘病を強いる。こう捉えられると思う。でも、「いっそのこと死を受け入れない?」っていう医者よりよっぽど頼りにできるとも思う。逆に本当のことを話してくれる、桐子の方が信頼できるって人ももちろんいる。

そして、もう一人の主人公、音山の考え方は、「どっち付かず」ってとこかな。現在の僕はここ。でも、ALS(全身の筋肉が動かなくなっちゃう病気)を発症した自分と同じ大学の医大生を診ることになって、彼女に親身になるうちに少しづつ変化してく。まあ、この変化は僕がバラすよりも読んで感じてほしいな。治らない病気を抱えた患者について、桐子に相談したところ、「理不尽な病気にかかったと考えるから抗いたくなる。そうではなく、これが自分の個性なんだと開き直ればいい」って言われるんだ。「・・・どうせ諦めるのなら、早く諦めた方がいいんだ。残り時間が少ないのなら、なおさらそうだよ。そうして、充実した最期を迎えてほしい」ともね。桐子からは、主治医を変わる提案もさせる。でも、音山は最期まで診る決断をする。理由を知りたかったら、本を読んでみて。

その後の彼女の決断が上記書いたけど、音山先生を変えた。でも、物語のラストで音山先生が癌にかかっちゃう。結末は書かないけど、これがきっかけで桐子先生・福原先生が犬猿の仲だったのに協力するんだ。そして、考え方も変わっていく。友を助けるためにね。

最後に

僕はまだ死にたくないけど、死は必ず平等にやってくる。「死を受け入れるのが勝利」だとは現時点では思えない。でも、「敗北」とも思わない。言語化が難しいな、でも「しょうがないもの」だと思ってる。死に勝ち負けなんてないってね。自分の死を感じたことがまだないからこんなに楽観的なのかもね。この文書を読むのを止めて、考えてみてほしいな。死って何か。闘病生活の上での死って果たして負けなのかって。

今回はあまり内容は書かないようにしてみた。最初にも書いたように、小説の感じ方は人それぞれだと思っているから。本を読む時間がなくても、この5分もかからず読める僕の文書で考えてほしいのは「死」についてだね。僕もまだまだ学ぶことがあって、というか学ぶことの方が多い。偉そうに書いてるけど、この本を通してまた学べたよ。

読書っていいよ。是非読んでみてね。

2019年1月14日

小説
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